6月になりました。
つまり「ちょっと休むわ」ってブログを書いてから大体一年くらい。
この一年、なんだか人の原稿ばっかり見てました。
自分も名前のでない原稿をいくつか書いたり、なんとなく企画を出したりはしてましたが、それより圧倒的に人の原稿を読んでる時間の方が長かった。
人の原稿に赤字を入れるのは、自分で小説書くのとは全然違う脳を使うのでキリキリします。
自分で原稿を書くより人の原稿を見る時の方がめちゃくちゃ悩む。
「この人は何を表現したいのかな」「何を面白いと感じて、伝えようとしてるのかな」というのを読み取って、それを最大化するにはどうすればいいのかを提案する作業なので、まず作品を理解しないと始まらない。
時々人の作品読んで「つまらない」とだけいって「忌憚ない意見を伝えた」って思う人がおりますが、それは「それってあなたの感想ですよね」でしかないので、まったく役には立たないです。作家を傷つけてるだけだ反省しろ。
みんなが面白いって絶賛してるものを、自分がつまらないと思う事なんていくらでもあるわけで。
「つまらない」は問題点の指摘じゃなくて、自分の性癖の発露みたいなものなんですよね。
辛い物苦手な人が激辛料理食べて「食えたもんじゃない!」って叫んでるようなものなので。
これは「私はこう思うな」ってだけの話ですが、作家的に組めると嬉しい編集者というのは「私の趣味ではないけれど、この作品は面白い。なぜならAだからだ」と言える人だと思ってます。
そして「もしあなたがAを強化したいなら、その対象読者はBなので、ここにCの要素を組み込むとよいと思う。なぜならDだからだ」という提案ができる人かなと思います。
最も組んでて楽しい編集はたぶん「これこれこれぇ!わかってるじゃん私もこういうの好きだしここにさらにこういうの入れたら爆上がりじゃない!?」「わかるぅ!」みたいな趣味の会う編集かなと思います。出会ったことはないけど。
そもそも私は作家歴が十年近いのに組んだことのある編集が五人くらいなのでサンプルが少ない。そのうち二人はサブ編集なのでこれといった絡みも特になかったしな?
というわけで、作品に意見をお伝えするというのは、その伝え方も含めてなかなか骨が折れる。
でも「伝わるかな?伝わらないかな?どうしたら伝わるかな?何を伝えたいかな?」の繰り返しは勉強にもなります。
しかし私に原稿を預けて、よりよくするにはどうすればいいのか相談してくれるみんなは心が広いな大きいな。勇気があるなすごいな強いな。
心の底からそう思う。私はまったくいい編集ではないので、繊細な心を持った作家さんを優しい言葉でおだてながらより良い方へと導くという編集者必須スキルを持っていないので。
基本的に、知人友人の原稿を見てます。
見ながらなんとなく自分の原稿を書いてます。
しかし私はまだどうも、自分の原稿を誰かに見せて「よりよくしてください」という気持ちになれないようで、「このままのお味でよろしければどうぞ」出しています。
ツイッターであまりにもふらふらしているせいで、「何して生きてるのかわからん謎の存在」という評価をいただいたりもしました。
商業出版を続けてないと「こいつは何者? 終わった作家?」感が出てしまうのは、もーどーしょーもないと思っている。
しかし私は作家虎走になる前からフリーランスのライターでしたので、名前が出ないような仕事をなんとなくやったりして生きてます。
悲しいかなラノベの締め切りでパツパツだったときより収入は安定している。
というかこれは私も含めてそうなんですが、商業連載してた作家がふいに本を出さなくなると「干されたのかな? 引退? 仕事は? ごはん食べられてるのかな? 大丈夫かな?」って不安になっちゃうやつ。
少なくとも私の場合は幸せに生きてるので、読者の皆様におかれましてはご安心いただけますと幸いです。
ウェブ連載も本当にやりたいんだよほんとだよ! いつかやりますマジでやる。